青森レインボーパレードに参加して。

今年のプライド月間はストーンウォールの蜂起から50年ということもあって世界各地でプライドイベントが濃く開催されました。

 

一昨年、わたしは一緒に事業を興した友だちにカムアウトした際、その反応からショックを受けたことがきっかけになって、翌年から性的少数者の人権啓発に関するアクションを起こすことになりました。

それまで、各地のレインボーパレードに参加してきましたが、その一件があってからはパレードに参加する気持ちが随分と変わりました。

 

 

たしかにパレードで歩いているときは、世界が変わったように感じて、気分は高揚します。

一緒に歩いている人たちとも一体感もあるし、明日から何か変わるように前向きになるのです。

ところが、現実はそうではない。

パレードの翌日は世界はあいかわらず虹色ではありません。

でも、先に書いたように、その一件があってからはパレードに参加した翌日から「平常」に戻ることはなくなったように思います。

なぜなら、「誰かに認めてもらう」ということの前に「自分が自分を認める」ことが できたからではないかと思っています。

ひどいことを言われた、ショックを受けた、でも辛くない顔でフツーに対応した、これがあのときの状況です。

でも、ほんとうは辛かった、反論できない自分が嫌になった、これが真実です。

それでも、ありのままの自分を自分で受け入れて、社会の目を変えたいという気持ちになった、それが次に起こったことです。

ほんのちっぽけな気持ちの変化でしたが、そのあとはパレードに参加しても気持ちの持ちようが変わりました。


昨年秋、わたしは「そらにじひめじ」を初めて訪れました。

コミュニティスペースそらにじひめじは主宰している方が青森の「そらにじ」の二人との出会いを通して得たものを実現したスペースなんだと思います。多様なマイノリティに対してオープンであり、主宰者のおおらかな思いが伝わる居心地のよいスペースです。

そして、「そらにじ」の元祖が青森にあることを知りました。

わたしもその頃、レインボー明石アクションの活動拠点がほしいと思っていて、「そらにじひめじ」から勧められて「そらにじあかし」をオープンすることになり、青森のおふたりに了解をいただきました。


ところが、困ったことに、もともと営んでいたカフェが「そらにじ」に方向転換したものの、思ったようにはうまくスライドしませんでした。どうしたものか、考えているうちに2ヶ月がすぎました。

そして、青森レインボーパレードの開催が近づいてきました。

青森に行く直前まで、新しい仕事の準備もあって多忙を極めていて連日睡眠不足と体調不良で最悪の日々が続きました。


果たして、青森に到着。

前日から畑野とまとさんの講演を聴くために現地入りしていたそらにじひめじのメンバーと合流しました。

わたしにとって旅と言うのは「フットワークを軽くするために必要なきっかけ」です。

仕事がどれほど忙しくてもルーチンワークをこなす中にはインスピレーションもなければ、新たな行動力も湧きません。

でも、旅に出るとテンションが上がるだけでなく、感覚が研ぎ澄まされる…そして気持ちはリラックスする。

元来、定住することに困難を感じるわたしにとって旅はいつもオアシスです。

さて、その日は朝から晴れて前週まで降水確率が90%という予報が出ていたのが嘘のようなパレード日和でした。

お昼から駅前広場に集合した人たちを見てわたしは驚きました。

若い!みんなとっても若い!わたしの孫のような世代も集まっていました。

そして、ほんとに素晴らしいパレードでした。

手作り感満載でありながら、アピール度も高く、6年前に3人からスタートしたという歴史を感じさせるパレードでした。

積み上げてきたものの凄さを感じる温かいパレードでした。


共同代表の三人はどんな思いで、この日を迎えたんだろうと思いました。

当日までの作業は半端なく大変だったと思います。

6年前にたった3人から始めたときは今日の日をこんな風に迎えると思っていただろうか、と考えました。

パレードの前にねぶたのお囃子に合わせて、思わず跳ねてしまうショーコさんを見たときに「これがみんなの心を動かしている」のかもしれないと思いました。

共同代表の一人である彼女は癌と闘っています。そしてパートナーであるミホさんが支えています。

でも、今の日本では同性パートナーは家族とみなされない。例えば病院で緊急の連絡がある場合でも同性パートナーには伝わらないこともある。

こんな実情が変わるまで「いつまで待たせるのか」とショーコさんは憤ります。


同じ言葉をこのパレードの数日後行った大阪地裁での「結婚の自由を全ての人に裁判」第2回期日の陳述でも聞きました。

「世界で同性婚が認められてから18年、一体いつまで待たせるのですか」と三豊市の田中さんは憤りました。


「わたしたちはここにいます」「無視しないでください」「いつまで待てばいいのですか」

このメッセージは決して温かいものではない。憤りです。

パレードでの仲間に対する温かさと、このメッセージの強烈な憤り、これがいつまでも心に残る、そんな日々を過ごしています。

青森のパレードからもう一週間が過ぎてしまいました。

レインボーパレードに遠方まで行くというときに「それだけのため?」とよく言われます。

その問いはわたしにとって永遠のなぞです。


つくづく思うのですが、

まずは青森レインボーパレード2019に行ってほんとうによかった。

さて、このボールを受け取った後はどうする?